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やりたいことより、やるべきことを選び博報堂へ。6年後に映画プロデューサーとして「就活」映画を作り始めた理由~vol.1~|玉井雄大氏

自分の将来を考えたとき、やりたいことを仕事にするべきか、やりたいことのために別の仕事に就くべきか、それともやりたいことを諦めるのか、さまざまな選択肢が生まれ迷いが生じることがあります。

今回は、俳優の道を諦めるも思いがけないきっかけで映画制作を手掛けることになったプロデューサーのお話。

やりたいことに悩んでいる学生に読んでほしいインタビューです。

博報堂DYメディアパートナーズでの仕事についても赤裸々に語っていただいたので、広告業界に興味のある学生もぜひどうぞ!

株式会社テラスサイド 代表取締役社長 玉井雄大氏
#観る就活プロジェクトの映画プロデューサー。
高校生で演劇をはじめ、学生時代は俳優を目指した。
2012年、名古屋大学を卒業し、博報堂DYメディアパートナーズへ入社。テレビや新聞の広告ビジネスを担当。
新規事業立案もおこない、VR映像によるブランデッドムービーソリューションを立ち上げるなどして活躍。
2019年に独立し、枠組みに捉われない新しいクリエイティブを提案している。

株式会社テラスサイド
才能あるクリエイターを支援し、〈照らす側〉 として共に、新たな価値を社会に創造していくことをミッションに、映画制作やVR演劇、ワークショップなどを展開。

役者を目指した学生時代、挫折からの就活

玉井さん、本日はお時間いただきありがとうございます!

よろしくお願いします!
新卒ポモドーロ」では、カリクルのスーツを貸していただきありがとうございました!

こちらこそ、ありがとうございました!
エンドロールにカリクルのロゴを見つけて感激しました^^
今回は、就活映画を作るまでの玉井さんの経歴や、映画の裏話を聞ければと思っています!

はい!なんでも聞いてください!

まず、玉井さんの多彩なご経歴について、お聞きしたいのですが……
学生時代は俳優を目指していたんですか?

そうなんですよ(笑)
高校生の頃からずっと舞台演劇をやっていたんです。その延長で、俳優を目指すようになりました。

舞台演劇をされていたんですね!
もともと興味があったんですか?

もともとは、映画がすごく好きだったんですよね。
それで、ある時知り合いの方から「舞台演劇に出演してみないか?」と誘っていただき、演劇を始めました。やってみたら演じることがすごく楽しくて!
そこから、定期的に劇団の公演に出演していました。

そうだったんですね!
大学生になってからも続けていたんですか?

大学生になってからも自主制作の映画を作ったり、オーディションを受けたり、いろいろ挑戦していたんです。
でもなかなかオーディションに受からなくて、自分の才能に限界を感じましたね。

そうだったんですか……

それに、両親と「大学在学中に芽が出なければ俳優は諦めて就職する」って約束していたんです。
もちろん当時の僕は舞台俳優だけで食べていけるほどの収入は無かったですし、1~2ヶ月かけて稽古をして数週間舞台で公演をするスケジュールでしたから、アルバイトとの両立というのも現実的ではなくて、諦めました。

なるほど……
より現実的な未来を見据えて、就活することを選んだんですね。

そうですね~。
でも、それまで演劇しかしてこなかったから、就活のことなんて全くわからなくて(笑)

そうですよね?!
俳優志望から一般企業入社に方向転換ですもんね。まず何からやるの?ってなりそうです(汗)

東京のレベルを知ったインターン、博報堂入社まで

まさに何からやればいいかわかりませんでした!
それで「まずはインターンとやらに行ってみるか!」という感じで博報堂のインターンに参加したんですよ(笑)
正直「なんだかCMを作ってるらしいし、映像作品を作れそうだな~。面白いかな?」くらいの気持ちでしたね。

まずはやってみよう!だったわけですね。
でも、博報堂志望でインターンに参加したというわけではなかったんですね?

そうなんです。
実際にインターンに参加してみたら、周りの就活生の優秀さに驚きました。
30~40人くらい集まった就活生が、5~6人のチームを組んでプレゼンをするインターンだったんですけど、一番初めに一人ひとり自己紹介をしたんですよ。
その内容や経歴がみんな華々しくて、自分が井の中の蛙に感じました。

ほう……
でも、俳優を目指していた玉井さんも自己紹介のエピソードには十分な気もしますが、どんな学生が集まっていたんですか?

僕と同じく俳優志望だった人もいましたよ。でも、海外公演までしているようなすごい人だったんです。だから、自分も同じく俳優志望だったなんて言えませんでした。
他の学生とも、知識量で圧倒的に差がありました。東京と地方の差を思い知ったというか……
僕は名古屋で育って名古屋の大学に進学したので、東京に出た経験が無かったんですよ。

就活で初めて上京したんですね。
東京の学生との間に感じた知識量の差とは、どんなところですか?

ん~、そうですね、トレンドを知っているかどうかという部分で差をものすごく感じました。
世間で新しくできたサービスやこれから主流になっていくであろう技術、このクリエイターがいいとか、とにかく話している内容のレベルが違いましたね。
「自分って、何も知らないんだな。」とその時に初めて思いました。

なるほど……情報感度が違ったんですね。
そこに焦りは感じませんでしたか?

焦りというより、ワクワクした気持ちに近かったかもしれませんね。
こんなレベルの高い人たちが集まる会社なんて絶対楽しいじゃん!って(笑)

おぉ~!とても前向きですね!(笑)

それに、博報堂の仕事自体もインターンに参加するまでフワッとしか知らなかったんですが、聞けば聞くほど面白そうだと思いました。
アイディア次第でいくらでも勝負ができるという社風に、とても魅力を感じましたね。

ポジティブな玉井さんと相性が良かったんですね!

そうですね!
インターンをきっかけにそのまま選考に進んで、内定をいただきました。
他にも広告やマスメディア関係も受けていたんですが、迷わず博報堂へ進むことを決めましたね。これから面白いことができる!って思って。

なんでも屋だった?!テレビ・新聞・映画・新規事業・・・アクティブに動いた会社員時代

迷いなくご入社されたとのことですが、博報堂ではどんなことをされていたんですか?

フジテレビ系列の広告営業に携わった後、新聞広告の営業とコンテンツ制作を担当していました。

新聞のコンテンツ制作とは……?

イメージが湧きづらいですよね(笑)
産経新聞さんが毎年さかな祭りというイベントを開催しているんですが、それを例に説明しますね。
第1回のさかな祭りは産経新聞主催でおこなっていて、そこに博報堂DYメディアパートナーズがクライアントをご紹介するといったスタンダードな広告代理店業務を担っていました。ただ、イベント自体にもっと可能性があるように感じて……
そこで翌年、イベント集客の改善策などを実行委員会にご提案して、博報堂DYメディアパートナーズも出資させていただくことになったんですよね。

どんなご提案をされたんですか?

一つは、イベントの入場に関してのご提案をしました。
入場料を払ってイベント会場に入り、お食事をしていただくという流れだったんですが、それによって入場券を買う列が長くなってしまっていたんです。
その結果、イベント会場に入られる前に諦めて帰ってしまうお客様を少なからずお見かけして。
だからまず、入場券を廃止して、より多くのお客様に会場に入っていただくことを優先しました。おかげさまで入口の列も改善され、廃止した入場料分も各お店でお食事をご購入していただく数が増えました!
あとは、コンセプトやロゴデザインを刷新したり、なるべく各地域の魚料理が味わえるように様々な地域のお店に出展をお願いすることで、利益を増やすことができました。

課題の本質を把握しての改善策だったんですね。
しっかり成果にも結びついていて、さすがです!

ありがとうございます!
あとは、VRの映画制作やスマートスピーカーの仕事なんかもしましたね!新聞はほぼ関係無かったですけど(笑)

VRですか……部署を移動されたんですか?

いえ、部署は変わらず、メインは新聞関係の仕事をしていましたよ。
でも、新しいアイディアが思いついて持っていくと「じゃあやろう!」という社風だったので、部署での業務と並行して新規事業を立ち上げる、みたいな……
いわば、なんでも屋だったんですよ!(笑)

お~!すごい!
アグレッシブに挑戦できる環境だったんですね?

そうですね!
VRの映画制作は、俳優の別所哲也さんが代表を務めるショートショートフィルムフェスティバルという映画祭で、2018年にVR部門を設けることになって始めました。
別所さんの会社の方とご一緒する機会があり「新しくVR部門を設けることになったんだけど、相談に乗ってほしい」とお声掛けいただいたのがきっかけでした。
月1回のVRについての勉強会を開いていたんですが、そこから話が進み、最終的にはavex・日経BP・ゼンハイザー・ゲートウェイ・博報堂DYメディアパートナーズの5社共同で、鈴木亜美さん主演の作品など「VR Story Seek」というVRブランデッドムービーのシリーズを3本制作しました。

勉強会から実際の映画制作までに繋がったんですね!
でも、新聞との接点がないようにも感じるのですが……?

日経BPさんも共同なので許してください!(笑)

(笑)

新聞との関連性がある仕事も、もちろんしましたよ!
少し前にスマートスピーカーが流行りましたよね?Google HomeやAmazon Echoとか……
その時に、新聞の記事を音声化するっていうのがトレンドだったんですよね。いろんな新聞社が施策していたんですが、どこもなかなかうまくいっていなくて。

そこにアプローチを?

しましたね。
大学との共同の取り組みだったんですが、記事のテキストデータを入力したら自動で音声が流れるシステムを開発したんです。
そして、そのシステムに速報のテキストデータを入れたら、すぐにスマートスピーカーからニュースが聞けるという仕組みを作りました。

時代の流れに乗りながら、新しい仕組みづくりをされたんですね!
ここまでのお話で、業務の枠に捉われることのないサービスを作っている印象が強いのですが、新しい企画を提出したらドンドン採用されていくような感じだったんですか?

いや、企画が採用されるというより、企画したら全部やる!という感じでしたね~。
企画して、関係各所との打ち合わせをして、予算まで出したうえで役員の方々から承認をもらうっていう……
僕には決裁権限が無かったので、決裁だけしてもらうために5年間分くらいの事業計画書を作成して提出してました(笑)

おぉ……すごい。
かなりお忙しかったのではないですか?

ん~、それなりに忙しかったですね!

そうですよね、きっと。
新規事業の立ち上げは、常に通常業務と並行だったんですか?

そうなんですよ(笑)
博報堂DYメディアパートナーズはメディアバイイングの会社で、なかでもマスメディアであるテレビのCM枠をクライアント様へ売るというのが中心の事業なんですよね。会社としての売り上げも、6割を占めている。
今となってはインターネットが成長していますけど、当時は新聞広告がテレビに次いで利益を出していましたから。
その2本柱と同じくらいの利益を出す新事業って、さすがにすぐには生まれないんですよね。
だからこそ、まずは広告営業をしっかりやろう!と言われていました。
でも、ぼくは広告営業が好きではなかったんですけど(笑)

そうなんですか?!その理由は?

大きくて歴史もある会社なので当たり前なんですけど、広告営業というもののルールがしっかりあって、すでに仕組化されていたんですよ。
だからこそ、この仕事は別に僕じゃなくてもできるなと思ってしまって、好きじゃなかったです(笑)

なるほど……
玉井さんにしかできないことがしたかったと?

そうです。
僕だからこそ築ける関係性であったり、企画をしたいなと考えていました。だから、新規事業の両立は忙しかったけど苦ではなかったですよ。
むしろ楽しかったです!

お~!忙しさを楽しめるって素敵ですね!
自分がいてこその仕事って、愛着も湧きますし、より真剣になれますよね。
映画プロデューサーをすることになったのも、玉井さんだからこそを求めてだったんですか?

いやっ……

あ!では、俳優を目指していたことが影響したとか?

実は……
映画制作のきっかけはノリで(笑)

ノリ?!!

たくさんの仕事を抱えながらも、博報堂で楽しみながら積極的に仕事に取り組んでいた玉井さん。

そんな彼が映画制作をするきっかけは、予期せぬものだった……?

ますます興味深くなる玉井さんのエピソードは、後編に続きます☆

▼vol.2はこちらから

~玉井さんや株式会社テラスサイドの会社情報~

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#新潟出身 #いよいよ30歳 #事務職 #からの営業 #商社 #不動産 #人材 #歩く食べログ #焼肉多め #アイドルヲタク #できない理由を並べるよりやれる方法を見つける

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